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あ や し い 書 簡 箋

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もんじゃ焼きとの戦い

 

随分と大昔の話であります。

高校生の頃、埼玉県戸田の友人の家に数人で泊まりにに行ったことがあります。

夜中まで駄弁っていて、腹が減って来た。1人の友人が「もんじゃやらないか?」と、云い出したので「いいね?いいね?」となった。

「何だ?それ?」と云ったのは戸田の友人。

 

「お前?もんじゃ、喰ったことないのか?!」

とりあえず食材を揃えると……。とは云ってもキャベツと小麦粉、ソースであります。

「何だ?これ?赤貧(せきひん〜貧しい)のお好み焼きか?キャベツしか入ってないじゃねえか?」

しかもお好み焼きとは違い、ソース入り小麦粉水といった出で立ち。

「蒸発して無くなっちまうぞ!」

「うるせえな、駄菓子屋じゃこうだったんだ」

 

すると、母上が部屋に上がって来て叫んだ。「あんたたち!食べ物を粗末にしちゃダメでしょ!」

そう、怒られたのだ。

ハッと思った。そういえば戸田以外は皆、東京下町の連中だったのである。足立、墨田、荒川。

そうか!もんじゃって全国的なものだと思っていたが、下町特有のものだったのだ。

駄菓子屋の片隅で、子汚い鉄板の上で確か一杯、20円〜30円。豚もんじゃってのもあったが、我ら赤貧小僧たちは一番安いキャベツのみのもんじゃが当たり前だったのだ。

 

ここに集まった下町連中は、もんじゃと云えば、キャベツもんじゃを当たり前のように作り始めたのが、よく考えれば、いと悲しい。

 

 

数十年経ち、もんじゃが月島辺りから全国に復旧し、ブームになった。

「どて焼き」何だ?それ?具材で周りを覆い、中にもんじゃソースを入れて焼くのだそうだ。

私には考えられなかった。キャベツだけでは土手など作れない。

我々は如何にして辺り一面に流れ出るもんじゃソースを食い止めるかであった。

ヘラで固まるまで必死に中心に追いやるのだ。

「そこだ!溢れるぞ!食い止めろ!」

そんな必死な思いで食べたのがもんじゃであります。

駄菓子屋のばあさんが、大きなヘラを貸してくれて「これでやりな」と持ってくる。

「おお!」

 

「どて焼きってことは食材が、ふんだんに入ってんだろうな」

貧しかったと云う意識はなかったが、現代のもんじゃを見ると、幼少の頃を思い出すのであります

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