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争乱の時-第16話 大政奉還

須佐妖戦帖.jpg

 

慶応2年(1866年)12月25日

孝明天皇崩御(ほうぎょ)

 

「孝明天皇が崩御した!!」

慶喜は喜んだ。

「尊王攘夷の強健だった孝明天皇が居なくなった。開国に向けられるぞ」

神戸港を開き、洋式軍艦を多数、手にする。薩摩は既に手にしていた。長州も海援隊を経て、薩摩から軍艦を手にしていた。彼らより上回る艦数と武器を計画していた。

「奴らに対抗出来る・・・」慶喜はそう思った。「後は兵だ。最新の銃だ!機関銃(ガトリックガン)だ!農民の寄せ集めの奇兵隊なんぞに負けては武士の恥ぞ!」

 

遠い出雲の地にも知らせが届いた。戦いの準備をしている最中であったし、部落と現世では時間の経ち方が異なる。出雲では武角が着いてから半日ほどである。大八咫烏や天狗族が近隣に待機しだした。

「孝明天皇が・・・崩御した」

須佐之男は皆に話した。

「御上が?!」

「舞を通して感応した。小角(おづの)先生・・・」

「須佐之男殿、わたしも感応した。呪い殺されたと・・・」

「なんと云う悲痛な・・・」村人たちが皆、泣いた。

須佐之男は佐助に感応した。佐助は今、後悔の念に叩き潰されているに違いない。

「佐助!お前のせいじゃない。どうしようもなかった。魔は其処を突いて来るんだ」

「須佐之男殿、宮廷も絡んでいるようです。計画的ですな。除除にいたぶり殺す・・・と云う・・・岩倉と云う男が、かんでおります。魔と共謀したと思えます。しかし、彼は何も手を出していない」

「若日子(わかひこ)の手はずですか?」村人が聞いた。

「若日子と菅原道真だ。宮廷の中に魔との共謀者が居るのが気になる・・・」

 

「解った!」武角が叫んだ。

「武角殿、何が解ったのですか?」役小角(えんのおづの)が問いた。

「魔の目的です。小角先生!佐助たちを神戸に行くよう要請してください」

「神戸に?」

「幕府は軍艦を多数買い入れ、神戸で納品するでしょう。他に多数の武器も納品させる。志士たちに対抗するためです」

「攘夷派の御上が居なくなって好き放題を始めるか?」

「そうです。魔になんぞ手を借りなくとも志士なぞ、ぶっ潰してみせると。火力で勝るために」

「魔は、どう出る?」

「神戸港を襲い、外国にも脅威を視させる」

「神戸港を襲ったら、幕府との共謀の話はどうなる?」

「全て嘘です。解っていたはず。岩倉を誘った宮廷の陰謀、幕府に云った志士の壊滅。全て嘘です」

「そうか・・・。外国に脅威を視せ、日本には手を出すなと・・・・魔め」

「外国は日本を商業で騙し、属国にしようとしている。魔は我らが日本の支配者だぞと。だから須佐は頭の上のタンコブです。我々の動きを拡散し、力を半減させる。出雲も神戸港も一気に襲うでしょう」

「つまり、神戸港に武器が納品されるのを待っているわけだ」

「そうです。どうも出雲を中々襲って来ないと思った」

「若日子はいったい何れ程の部隊を持っているんだ?」

「わかりません。が、我らが思うより格段に多そうです」

 

「此の戦いは歴史に無い大規模な戦(いくさ)だ。全国の神々、妖怪たちを呼び寄せよう」

役小角は咆哮(ほうこう)した。

「生き残りを掛けて、我らの住処を穫らせるな!出雲の近隣、神戸の近隣、東北、蝦夷地、四国、九州、沖縄、手のある者は戦え!須佐之男と須佐からの発信だ!」


全国の屈、土中、祠、海中、空(くう)から咆哮がした。
全国の市民たちは畏れおののいた。
「何が起こる?空が海が土中が吠えている」

 

慶応3年(1867年)1月9日 明治天皇即位
2月6日 徳川慶喜、大坂城でロッシュと会見
3月25日 徳川慶喜、各国公使を謁見(〜29日)。兵庫(神戸)開港を確約し、各国公使の信頼を得る。
4月14日 高杉晋作肺結核にて死去
5月4日 四侯会議(松平慶永、島津久光、山内豊信、伊達宗城)
5月24日 徳川慶喜、四侯会議を制し、兵庫開港の勅許を得る。会議側の敗北にて薩摩藩、武力倒幕の方針。
10月3日 土佐藩主山内豊範、「大政奉還」の建白書を徳川慶喜に提出。
10月14日 徳川慶喜、政権返上を明治天皇に上奏(大政奉還)。朝廷、これを受け、薩長に倒幕の実行延期の沙汰書を下す。倒幕の大儀を失った薩摩藩は、江戸で放火・掠奪・暴行などを繰り返し幕府を挑発する。

 

再び、出雲部落。
「大政奉還?慶喜が認めたと?江戸幕府を放棄したのか?信じられん・・・・」武角は空(くう)を仰いだ。
「坂本龍馬とやら、土佐浪人の案だと云います。其れを土佐藩参政後藤象二郎が受けたそうです。武角殿は坂本に京で会ったそうですな」舞から思念派を受けた小角が云った。
「坂本ですか・・・変わった輩でした。小角先生、須佐之男殿、人世とはわかりませんな」
「しかし、そう簡単には、はい、終わりです・・・とは行かないでしょう」
「坂本は、此れで幕府からも志士からも恨みを買いますね。幕府側の者達は江戸時代を終わらせたとして、志士たちは振り上げた刃の向けどころを無くされたこと。・・・双方が血を視なければ収まらない」
「その通りです」
「魔も肩すかしですね」

 

11月15日 坂本龍馬、中岡慎太郎暗殺される。(近江屋事件)
12月7日 ロンドン覚書に従って、兵庫が開港される。それを祝うため、英・米・仏の艦艇17隻が集結。各国公使も大坂に滞在。
12月9日 王政復古大号令。徳川慶喜の将軍職辞職を勅許、江戸幕府廃止。
12月12日 徳川慶喜、二条城を退去。翌日大坂城に到着。
12月16日 徳川慶喜、英仏米蘭伊普の6カ国公使に、外交権は幕府が保持していることを宣言。
12月25日 庄内藩、江戸市中での騒乱活動に対する報復として薩摩藩江戸藩邸を攻撃。28日には大坂に伝わり、幕府は朝廷へ討薩を上表。

 

出雲。勝太と云う高齢の須佐、他、御付き2名が薩摩から戻った。
「勝太、ご苦労。薩摩の説得はどうだった?」
「駄目です。無駄な戦いだと説いたのですが・・・誰一人聞き入れてくれる者は居ませんでした」
「西郷や大久保は?」
「藩主の云いなりです。西郷は慶喜の首を穫らねば収まらないと・・・」
「無駄だったか・・・」
「天孫降臨の地。天の逆鉾の地。我らには敬意を祓ってくれますが・・・」
「天若日子が魔だとは信じない・・・・」
「そうです。武角さま、藩主島津は、何時?儂(わし)は将軍になれるんだ?と宣(のたまわ)っているそうです」
「長州も同じだ。王政復古など大嘘だ。幕府の後は藩同士の戦かもな。愚かな」
「天皇など当て馬です。彼らは私欲で動乱を起こしているだけです」
「真に国の未来を考えていたのは、土佐の浪人たちだ。海援隊だ。身分制度の過激さにうんざりしてた連中だ。亜米利加(アメリカ)の自由さに憧れた連中だ」
「はい、他にも人物は何人か居りますが・・・」
「坂本ほどの行動力と人間的魅力、思考を持った者はそう居ない。暗殺など・・・馬鹿なことをするものだ。・・・・魔の匂いが立ちこめて来た。佐助たちも感じている筈だ。折しも孝明天皇崩御から1年か。御上、何処かで見守っておりますか?」

 

魔との全面戦争が近い。

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