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あ や し い 書 簡 箋

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聖徳太子の予言書
 聖徳太子
↑聖徳太子像/飛鳥寺

聖徳太子と云う名は、死後、呼ばれるようになった名で、本名は「厩戸(うまやど)」です。厩戸(馬小屋)の前で生まれたと云う事ですが、実は厩戸と云う地名から命名されたとも云われています。別名、豊聡耳(とよとみみ)、上宮王(かみつみやおう)。古事記では上宮之厩戸豊聡耳命(かみつみやのうまやどとよとみみのみこと)。舌噛みそうな名前ですな。

実在したかどうか?などとも云われますが、此れ程、伝説の多い人も居ませんな。
○馬に股がって飛翔した。
○豊聡耳・・・11歳の時、36人の話を一度に聞く事が出来た。
○慧思(えし〜515年-577年、中国の六朝末の僧。天台智擇了奸法ΑΑΔ寮犬泙貶僂錣蝓
なんて話もある。

聖徳・・・最上級の名です。其れを思えば、兎に角、如何(いか)に此の人が聡明で、優れた人間だったか解ります。
未だ未だ伝説は在る。
太子は、「天皇紀」「国記」「旧事紀」を編纂したんですが、蘇我蝦夷に書庫を放火されてしまいました。つまり、太子の書は、後世に何も残らなかったのです。其の中に突飛なあまり、知られていない謎の書簡が数数在ったとされております。

日本書紀の中の太子の事柄文に

兼知未然
(兼ねて未然を知ろしめす、兼ねて未だ然らざるを知ろしめす)

と、ある。
此の記述で「未来記(日本国未来記)」の存在が噂された。
つまり、聖徳太子の未来の予言の書であります。
「平家物語巻第八」に

聖徳太子の未来記にも、けふ(今日)のことこそゆかしけれ

とある。また、「太平記巻六〜正成天王寺の未来記披見の事」には、楠木正成が未来記を実視し、後醍醐天皇の復帰と親政の様が記されている。しかし、過去に未来記が実在した証拠は無く、架空書か噂の域のものと云われています。
「未来記」以外にも「未然紀」が在ったと云われる。「古事記」「日本書紀」は2つで「記紀」と云われますが、「未来記」「未然紀」も併せて「記紀」になったのだ・・・と云う。同質二種手法を盛って「合わせ鏡」と云うらしいんですが、どうも与太話っぽいですな。後年の都市伝説的安っぽさとしか云いようが無い。

わたしゃ、其れ程、聖徳太子に興味は無かったんですが、過去ログを振り返ると、結構、太子関連話を書いてますね。

大秦秦河勝

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聖徳太子、メシアとなりて
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