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東国三十三ケ国狐火
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今日は狐の話。

王子稲荷
↑王子稲荷神社

東京北区王子に鎮座します王子稲荷神社です。大体が狐は農業の神様の使いとされておりますな。王子稲荷は、関東国壱円(当時の関東とは、陸奥(みちのく)国まで含む東国三十三国〜福島・宮城・岩手・青森地域も入る)の稲荷神社の総鎮守で狐の頭領だったそうです。親分でしょうか。其のわりに地味です。あまり知られていない。「王子の狐」なんて云う落語がありましたね。人を化かす狐が逆に人に化かされる話。全国津津浦浦、稲荷神社は三万社以上坐(おわ)すそうです。其の大半が京都伏見大社から分霊されたものなんだそうです。云わば、大親分ですな。

狐

扨(さて)、此処の敷地内正面は幼稚園になっていて、入れないんです。現代的です。参拝に来る人は脇の坂を登って横鳥居から詣でるんです。社務所も保母さんが兼任してました。どういう関係なのかは聞かなかった。

幼稚園

とは云うものの、昔昔の狐との関わりの挿話が伝わっております。お狐様が鼻先に火を浮かべるそうな。狐火です。一視、恐そうですが、王子の狐が落語にされたのも解る気がする伝説が残っております。

狐火
↑歌川広重/名所江戸百景〜王子装束ゑの木大晦日の狐火

「江戸砂子(菊岡沾涼著/1732年、江戸の地誌や社寺・名所の来歴を記した書)」の中の王子稲荷の項に、こう記される。

「狐火おびただし、この火にしたがひて、田畑のよしあしを所の民うらなふことありといふ。」
狐火がおびただしい。農民達は此の火で田畑の豊凶を占ったりすると云う。

「年毎に刻限おなじからず、一時ほどのうちなり。宵にあり、あかつきにありなどして、これを見んために遠方より来るもの空しく帰ること多し、一夜とどまれば必ず見るといへり。」
狐火の時刻は毎年異なるが、1〜2時間ほどだ。晩だったり明け方だったり、遠方から態々(わざわざ)視に来た人も、視ず終いも多いが、一晩中待機すれば必ず視られると云う。

つまり、伝説等ではなく、当たり前な毎年の行事だったようです。
江戸以前から、王子周辺が田園地帯だった頃、大きな古い榎の木があったそうです。毎年大晦日夜半に東国三十三国の狐達が、榎に集まり、正装し、官位を求めて王子稲荷に参殿した。 其の時の狐火の行列が壮観で、農民は其れを数えて翌年の豊凶を占ったと云います。
榎の木は「装束榎」(しょうぞくえのき)と、呼ばれたそうです。

江戸の頃まで、現在で云う処の山の手は、狸や狢(むじな)、狐などが沢山棲息していて、山神(神奈備〜かむなび)信仰も在り、山の動物たちも人間と共存してた部分もあったろうと思います。偶に地に下りて来ても、こんな暢気な部分が在ったんですな。
| 16:48 | 玄妙倭國伝説・民話 亜細亜 | - | trackbacks(0) |
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